本を高く積め

本をつい買ってしまう人の雑記です。

小説

安部公房『砂の女』と『燃えつきた地図』

安部公房の『砂の女』と『燃えつきた地図』を読んだ。 砂の女 燃えつきた地図 砂の女 砂の女 (新潮文庫) 作者:公房, 安部 新潮社 Amazon 安部公房『砂の女』(新潮文庫,1981年) 昆虫採集に出かけた男は、砂漠のなかの集落に偶然足を踏み入れ、だまされて働…

つらさと身勝手とヘミングウェイ——アキール・シャルマ『ファミリー・ライフ』(小野正嗣 訳)

一九七〇年代の終わり頃、『ファミリー・ライフ』の主人公である八歳の少年アジェは、インドのデリーから一家で米国へ移り住む。兄は猛勉強の末、入学を希望する理科高校の試験に見事合格。だが喜びもつかの間、事故で脳に損傷を受け、意思の疎通もままなら…

【ネタバレ】パワーズ『オーバーストーリー』を読んだメモ

リチャード・パワーズの『オーバーストーリー』を読みながら取ったメモを置いておこうと思う。 オーバーストーリー 作者:リチャード パワーズ 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2019/10/30 メディア: 単行本 ごくまれに自分の感想や気になった書いてあるけれ…

絶望の眼鏡でものごとを見る——Emma Cline, "What Can You Do with a General"

Emma Cline の “What Can You Do with a General” を The New Yorker のオンライン版で読んだ。クリスマスイブの前日、裕福な暮らしを送る夫婦、 John と Linda のもとに子供たちが帰ってくる。三十代だがまだ母親に精神的に頼っている Sam、無給のインター…

ハードルの高い寓話――Haruki Murakami, “Cream”

村上春樹の “Cream” の英訳を newyorker.com で読んだ。訳者は Philip Gabriel、原典は『文學界』2018年7月号掲載の「クリーム」のようだが、こちらにはまだ当たれていない。 文學界2018年7月号 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 2018/06/07 メディア: 雑…

悪夢的な酩酊感——Salvatore Scibona, "Do Not Stop"

Salvatore Scivona の “Do Not Stop” を The New Yorker(Web)で読んだ。海兵隊員でティーンエイジャーの Vollie は、沖縄の基地からベトナム戦争に派兵され、輸送車を運転する任務につく。あるとき彼の立ち寄ったケサンの基地が、北ベトナム軍の襲撃にあう…

死んだ「偉大な父」をめぐる葛藤――Taymour Soomr, "Philosophy of the Foot"

The New Yorker に載った Taymour Soomro の "Pholosophy of the Foot" を読んだ。この作者が発表する初めての作品だ。パキスタンのカラチに母親と住んでいる男 Amer。死んだ父が遺してくれるはずだった邸宅がおじの手に渡ってしまい、母子ふたりはアパート…

いけすかなくも病的な語り―― Amos Oz, "All Rivers"

イスラエルの作家アモス・オズ(Amos Oz)の "All Rivers" を The New Yorker で読んだ。1963年の作品で、ヘブライ語からの翻訳で、訳者は Philip Simpson。語り手の青年 Eliezer は28歳の予備役兵。趣味の切手収集の用件で偶然訪れたテルアビブで、5歳年上…

情感と空白――高山羽根子『オブジェクタム』

高山羽根子『オブジェクタム』(朝日新聞出版)を読んだ。 オブジェクタム 作者: 高山羽根子 出版社/メーカー: 朝日新聞出版 発売日: 2018/08/07 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (3件) を見る 表題作「オブジェクタム」の主人公である少年は、街のあ…

意外とリーダブルなちょいパラノイア小説――リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』

リチャード・パワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』を読んだ。最近、河出文庫で復刊されたが、読んだのは前に刊行されたみすず書房版だ。 舞踏会へ向かう三人の農夫 上 (河出文庫) 作者: リチャード・パワーズ,柴田元幸 出版社/メーカー: 河出書房新社 発…

強烈な意地にとらわれた男の非-贖罪行為――J・M・クッツェー『恥辱』

J・M・クッツェー『恥辱』を読んだ。 大学で文学を教える独身、離婚歴ありのデイヴィッド・ラウリーは、教え子に手を出して大学を追われ、田舎で小さな農園を営む娘のもとに身を寄せる。いままでの価値観とはまったくそぐわない生活に戸惑いつつも、近隣の動…

評価されづらい作家の突出した名作——シャーウッド・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』(上岡伸雄 訳)

シャーウッド・アンダーソン『ワインズバーグ、オハイオ』の新訳が新潮文庫から出た。一九一九年に刊行されたこの作品は二十二の物語からなる連作短編で、新潮文庫の旧訳(橋本福夫訳)、講談社文芸文庫の小島信夫・浜本武雄訳など、これまでに何度も邦訳が…

問題をかかえた中年についての小説ーーC・J・チューダー『白墨人形』(中谷友紀子 訳)

増殖する「白墨人形」 1986年、イングランドの小さな町アンダーベリーの森で、頭部のない少女のバラバラ死体が発見される。町に住む12歳の少年エドと仲間たちは思わぬ形でこの事件と関わりをもつことになる。30年後、同じ町で教師をしているエドに、過去の事…

柴崎友香『千の扉』~語り手の個性がじわり

柴崎友香『千の扉』を読んだ。 義父が団地の部屋を空けることになり、夫の一俊とともにその部屋に越してきた千歳は、義父である勝男から、団地に住んでいるはずの古い知人を探すよう頼まれる。喫茶店でのアルバイト、突然に結婚を申し込んできた夫との関係、…

神にまつわる変な小噺集——Joy Williams, 99 Stories of God

Joy Williams の 99 Stories of God を Kindle で読んだ。「神」というテーマを中心として99の掌編が収められ、明らかに宗教的なテーマをもつ編もあれば、一見何の関係もないものもある。すべての掌編に明確なオチがあるというわけではないが、「神」が登場…

悪夢の即物性――Anne Enright. "The Hotel"

Anne Enrightの "The Hotel" を雑誌The Ner Yorkerで読んだ。乗り継ぎの空港で足止めを喰らった主人公は、翌早朝までの数時間を過ごせるホテルを探して、知らない空港の中をひたすら歩く。外へ通じるガラスのドアの向こうにあるものは、ホテルかもしれないが…

町田康「狭虫と芳信」『たべるのがおそい』vol.4

町田康「狭虫と芳信」を読んだ。 西崎憲 編『文学ムック たべるのがおそい』vol.4(2017年10月)に掲載されている。 文学ムック たべるのがおそい vol.4 作者: 木下古栗,古谷田奈月,町田康,宮内悠介,澤田瞳子,谷崎由依,山崎まどか,山田航,辻山良雄,都甲幸治,…

佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店、2017年)

青森県八戸市出身の小山内堅〔おさないつよし〕は上京後に大学で知り合った女性と三十歳手前で結婚。生まれた娘を「瑠璃」と名付ける。「まずまず順調」な人生を送る小山内だったが、やがて大きな不幸にみまわれる。妻と、十八歳になった娘とを交通事故で同…

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

2017年のノーベル文学賞をカズオ・イシグロが受賞したので、『忘れられた巨人』が出た当時に書いた文章を上げておく。 忘れられた巨人 作者: カズオイシグロ,Kazuo Ishiguro,土屋政雄 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2015/05/01 メディア: 単行本 この商…

Curtis Sittenfeld, "Show Don't Tell”

大学院で創作を学ぶルーシーは、奨学金の選考結果が郵便で届くのを待っている。大勢いるプログラム受講生のだれが通知を受け取るのか気が気でないまま、「カルト的な崇拝者がいる男」の講演会の後、パーティーに出かける。パーティーの時間は、元恋人と顔を…

Sherman Alexie, "Clean, Cleaner, Cleanest"

マリーはあるモーテルで清掃係として働きながら、夫と二人、つましく暮らしている。クリスチャンだが柔軟な心を持つ彼女は、客の残していく汚物や、数々のトラブルにも動じることなく、淡々と部屋をきれいにし続ける。いろいろな理由でやめていった同僚、パ…

エドワード・ケアリー『堆塵館』古屋美登里訳(東京創元社)

舞台は一八七五年、ロンドン郊外のフォーリッチンガムという架空の区。ごみと廃材の山が連なる広大な一帯があり、その奥にそびえる屋敷「堆塵館」には、ごみから財を築いたアイアマンガー一族が住んでいる――。エドワード・ケアリーの小説『堆塵館』の世界は…

カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』村上春樹訳(新潮文庫,2016年)

カーソン・マッカラーズの代表作には、男みたいな女たちがきまってでてくる。『結婚式のメンバー』の主人公、十二歳の少女フランキーの身長は現在約百七十センチ。彼女は十八歳までに自分が成長するペースを計算してショックを受ける。《もしこの成長をどこ…

ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』

ペルー系アメリカ人作家ダニエル・アラルコンの第二長編『夜、僕らは輪になって歩く』は、物語がぐいーっと思わぬ方向に向かうのがいい。たどりつく先に待つものが悲しいのもいい。 1980年代に活動していた知る人ぞ知る小劇団《ディシエンブレ》の中心メンバ…

スティーヴ・エリクソン『きみを夢みて』

アメリカの大統領選挙で史上初めて有色人種の候補が勝利した年。ロサンゼルス郊外に住む作家アレクサンダー・ノルドック(ザン)は、妻のヴィヴ、十二歳になる息子のパーカー、そしてエチオピアの孤児院から養子に迎えた四歳の娘シバと暮らしている。長らく…

レアード・ハント『優しい鬼』

ひとりの年老いた女が、少女のころをふりかえる。《むかしわたしは鬼の住む場所にくらしていた。わたしも鬼のひとりだった。》 米国インディアナ州の農家の娘に生まれたジニーは、十四歳で母親のまたいとこ、ライナス・ランカスターの求婚を受ける。彼は自分…

ミシェル・ウエルベック『服従』

二〇二二年のフランスで、いまだかつてない政変が起こる。戦略的な政治活動で着実に支持を広げた穏健派イスラーム政党《イスラーム同胞党》が、大統領選によって政権をにぎるのである。 ミシェル・ウエルベック作『服従』の主人公である《ぼく》ことフランソ…

ウィラ・キャザー「ポールの場合」

その日の午後ポールは、ピッツバーグ・ハイスクールの教師たちの前で、問題行動の数々について弁明することになっていた。一週間前から停学処分を受けており、校長室に出向いた父親は、彼じしん息子には手を焼いているのだと打ち明けていた。ポールは泰然自…

エドゥアルド・メンドサ『グルブ消息不明』

一九四三年、バルセロナ生まれのエドゥアルド・メンドサは、同じスペイン語圏のガルシア=マルケスらラテンアメリカ文学の「ブーム」を目にしながら、一九七五年に作家デビュー。『グルブ消息不明』は一九九一年に発表され、作者が自分の作品で最も売れたと…

テッサ・ハドリー「絹のブロケード」

アン・ギャラガーはラジオに耳をかたむけながら、七分袖のゆったりしたショートジャケットを、ネイビーがまだらに散った薄紫のウール生地から切り出しているところだった。自分のデザイン――対になるひざ丈のペンシルスカートもあった――から型紙を起こし、い…