本を高く積め

本をつい買ってしまう人の雑記です。

The New Yorker

絶望の眼鏡でものごとを見る——Emma Cline, "What Can You Do with a General"

Emma Cline の “What Can You Do with a General” を The New Yorker のオンライン版で読んだ。クリスマスイブの前日、裕福な暮らしを送る夫婦、 John と Linda のもとに子供たちが帰ってくる。三十代だがまだ母親に精神的に頼っている Sam、無給のインター…

ハードルの高い寓話――Haruki Murakami, “Cream”

村上春樹の “Cream” の英訳を newyorker.com で読んだ。訳者は Philip Gabriel、原典は『文學界』2018年7月号掲載の「クリーム」のようだが、こちらにはまだ当たれていない。 文學界2018年7月号 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 2018/06/07 メディア: 雑…

悪夢的な酩酊感——Salvatore Scibona, "Do Not Stop"

Salvatore Scivona の “Do Not Stop” を The New Yorker(Web)で読んだ。海兵隊員でティーンエイジャーの Vollie は、沖縄の基地からベトナム戦争に派兵され、輸送車を運転する任務につく。あるとき彼の立ち寄ったケサンの基地が、北ベトナム軍の襲撃にあう…

死んだ「偉大な父」をめぐる葛藤――Taymour Soomr, "Philosophy of the Foot"

The New Yorker に載った Taymour Soomro の "Pholosophy of the Foot" を読んだ。この作者が発表する初めての作品だ。パキスタンのカラチに母親と住んでいる男 Amer。死んだ父が遺してくれるはずだった邸宅がおじの手に渡ってしまい、母子ふたりはアパート…

いけすかなくも病的な語り―― Amos Oz, "All Rivers"

イスラエルの作家アモス・オズ(Amos Oz)の "All Rivers" を The New Yorker で読んだ。1963年の作品で、ヘブライ語からの翻訳で、訳者は Philip Simpson。語り手の青年 Eliezer は28歳の予備役兵。趣味の切手収集の用件で偶然訪れたテルアビブで、5歳年上…

タフガイの可愛げと暴力の遅延―― Joseph O'Neill "The Sinking of the Houston"

Joseph O'Neill の "The Sinking of the Houston" を The New Yorkerで読んだ。ニューヨークに住む語り手は三人の息子の子育てに追われ、心の休まる暇もない日々を過ごしている。そんなある日、十五歳の次男がブルックリンに向かう電車で強盗に遭い、財布と…

鮮烈だがつかみどころのない話――Thomas McGuane "Riddle"

Thomas McGuaneの "Riddle" をThe New Yorkerで読んだ。 モンタナ州の町リヴィングストンで建築家をしている語り手がある晩、酒を飲んだ後、車で帰宅していると、人気のない道ばたで男が興奮した女をなだめているのに出くわす。女は男が赤ん坊を車の窓から放…

悪夢の即物性――Anne Enright. "The Hotel"

Anne Enrightの "The Hotel" を雑誌The Ner Yorkerで読んだ。乗り継ぎの空港で足止めを喰らった主人公は、翌早朝までの数時間を過ごせるホテルを探して、知らない空港の中をひたすら歩く。外へ通じるガラスのドアの向こうにあるものは、ホテルかもしれないが…

Curtis Sittenfeld, "Show Don't Tell”

大学院で創作を学ぶルーシーは、奨学金の選考結果が郵便で届くのを待っている。大勢いるプログラム受講生のだれが通知を受け取るのか気が気でないまま、「カルト的な崇拝者がいる男」の講演会の後、パーティーに出かける。パーティーの時間は、元恋人と顔を…

Sherman Alexie, "Clean, Cleaner, Cleanest"

マリーはあるモーテルで清掃係として働きながら、夫と二人、つましく暮らしている。クリスチャンだが柔軟な心を持つ彼女は、客の残していく汚物や、数々のトラブルにも動じることなく、淡々と部屋をきれいにし続ける。いろいろな理由でやめていった同僚、パ…

The New Yorker の短編を読む

ちょっとした出来心で The New Yorker の定期購読を始めたので、そこに載っている短編小説をレポートしていきたいと思う。別に電子版だっていいのだけれど、自分の性格上、紙で持っておかないともれなく読んでいくというのは難しいのだ。日本にも意外に安く…

テッサ・ハドリー「絹のブロケード」

アン・ギャラガーはラジオに耳をかたむけながら、七分袖のゆったりしたショートジャケットを、ネイビーがまだらに散った薄紫のウール生地から切り出しているところだった。自分のデザイン――対になるひざ丈のペンシルスカートもあった――から型紙を起こし、い…

ジョシュア・フェリス「微風」

ブルックリンに夫ジェイと暮らすサラは、春の始まりのある朝、急に焦燥感にかられる。 そよ風、ああ、なんていう風だろう! サラは思った。何回くらい味わえるだろう。たぶん人生に、両手の指で数えるくらい……それにもう消えてしまった。家並みに沿って速さ…

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「アポロ」

月に二回、まるで良い息子のお手本のように、ぼくはエヌグにいる父と母を訪ねた。やたらにいい家具に囲まれた二人のフラットの室内は、午後になると暗がりになった。退職してから両親は変わった。小さくなってしまったのだ。歳は八十代後半、小さな体で肌は…

コルム・トビーン「眠り」

朝になると君が何をするか、わたしは知っている。君より早く目を覚まし、じっと横たわっている。まどろむこともあるが、たいていは感覚をとぎすまし、目を開けている。身動きはしない。君を起こさないように。君の穏やかで静かな寝息を聞いているのが、わた…