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タフガイの可愛げと暴力の遅延―― Joseph O'Neill "The Sinking of the Houston"

 Joseph O'Neill の "The Sinking of the Houston" を The New Yorkerで読んだ。ニューヨークに住む語り手は三人の息子の子育てに追われ、心の休まる暇もない日々を過ごしている。そんなある日、十五歳の次男がブルックリンに向かう電車で強盗に遭い、財布と携帯電話を奪われる。アプリで電話を追跡した語り手は、盗人を痛めつける機会を虎視眈々と待つ。ついに相手が近くまでやってきた日、語り手は勇んで出かけた矢先に隣人エドゥアルドに出くわす。道すがら、エドゥアルドは語り手に昔話を聞かせる。反カストロ派のキューバ人として、米国の支援を受けた1961年のピッグズ湾襲撃の一員として船上にいたが、作戦失敗に伴い敵方の捕虜になって偶然チェ・ゲバラに会ったという話だ。デリでコーヒーを飲みながら話を聞いた語り手は、続きをせがみたくなるが思いとどまる。
 人生のごく短い時間を切り取った作品で、過去も未来も不確定要素に包まれている。この語り手はかなり血の気が多く、自分のことをタフガイと自認しており、犯罪者の一般的な行動様式を知っているようなのだが、彼自身の背景が明かされないために、この人物の妄想なのか、それとも過去になんらかの修羅場をくぐってきたのかよくわからない。ただ、ハイチの独裁者について息子が話そうとするのを、それはよく知っているとばかりにはねのけるところを見ると、南米のどこかにルーツがある人物なのかもしれない。その彼が隣人の昔話に耳を傾けるうちに、引き込まれてしまうのは可愛げがあり、ちょっとお話をせがむ子供のようでもある。
 昔話の懐かしげなトーンが、作品に漂う暴力性を一時的に取り払ったまま物語が締めくくられるのだが、主人公はこのあとそれとは関係なく他人に暴力をふるうのかもしれない。偶然によって暴力が遅延されたまま宙ぶらりんにされるという話でもあるので、これは偶然とか、運命の恣意性を扱った作品ともいえる。
 ジョセフ・オニールは1964年生まれ、アイルランド出資の作家。邦訳された作品に『ネザーランド』(古屋美登里 訳、早川書房、2011年)がある。

 

ネザーランド

ネザーランド

 

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Joseph O'Neill. "The Sinking of the Houston." The New Yorker, 30 Oct. 2017, 60-64.