本を高く積め

本をつい買ってしまう人の雑記です。

いけすかなくも病的な語り―― Amos Oz, "All Rivers"

イスラエルの作家アモス・オズ(Amos Oz)の "All Rivers" を The New Yorker で読んだ。1963年の作品で、ヘブライ語からの翻訳で、訳者は Philip Simpson。語り手の青年 Eliezer は28歳の予備役兵。趣味の切手収集の用件で偶然訪れたテルアビブで、5歳年上の女詩人 Tova と知り合う。咳の発作におそわれても煙草を吸いつづけ、手助けをしようとしても触れられることを拒む Tova の理解しがたい言動に困惑しつつも激しく惹かれていった自分を、Eliezer は振り返って言語化しようと悪戦苦闘する。
The New Yorker [US] January 14 2019 (単号)

The New Yorker [US] January 14 2019 (単号)

 
 Eliezer は容姿に恵まれていて女性にもてており、自信家でけっこういけすかないやつである一方、語りには病的で危ういところがある。ものごとを順序立てて語ること、正確に語ることに困難を感じていて、それに自分でいらいらしている。あとで語るべきことを先取りしてしまっては律儀に自分でそれを反省して見せ、かと思えば、テルアビブにもっていった切手にかんする同じ描写を繰り返したりもする(ちなみに彼は他のコレクターと切手の交換をするためにテルアビブに行くのだ)。
 この混乱は Eliezer が1953年の第二次中東戦争で戦場にいたことと無関係ではないはずだが、あからさまにトラウマが強調されるわけではない。彼は戦場である大きな手柄をあげているのだが、それをとくべつ誇りにするわけでもなく、しかし印象的にふりかえる。信用できるようなできないような語り手、事実を虚偽なく語ることへの困難さを自覚した語り手というのはかくべつ目新しいものではないと思うのだが、戦争の影を感じさせつつもあからさまには見せないというさじ加減。

Amos Oz. "All Rivers." Translated by Philip Simpson. The New Yorker, 14 Jan. 2019, www.newyorker.com/magazine/2019/01/14/all-rivers

ちなみにオズは昨年、2018年12月28日に亡くなっている。邦訳は代表作とされる『ブラックボックス』を含め何作も出ているようだけれど、手軽に買えるわけではなさそう。
ブラックボックス

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地下室のパンサー

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イスラエルに生きる人々 (晶文社アルヒーフ)

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