本を高く積め

本をつい買ってしまう人の雑記です。

中長編

安部公房『砂の女』と『燃えつきた地図』

安部公房の『砂の女』と『燃えつきた地図』を読んだ。 砂の女 燃えつきた地図 砂の女 砂の女 (新潮文庫) 作者:公房, 安部 新潮社 Amazon 安部公房『砂の女』(新潮文庫,1981年) 昆虫採集に出かけた男は、砂漠のなかの集落に偶然足を踏み入れ、だまされて働…

つらさと身勝手とヘミングウェイ——アキール・シャルマ『ファミリー・ライフ』(小野正嗣 訳)

一九七〇年代の終わり頃、『ファミリー・ライフ』の主人公である八歳の少年アジェは、インドのデリーから一家で米国へ移り住む。兄は猛勉強の末、入学を希望する理科高校の試験に見事合格。だが喜びもつかの間、事故で脳に損傷を受け、意思の疎通もままなら…

【ネタバレ】パワーズ『オーバーストーリー』を読んだメモ

リチャード・パワーズの『オーバーストーリー』を読みながら取ったメモを置いておこうと思う。 オーバーストーリー 作者:リチャード パワーズ 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2019/10/30 メディア: 単行本 ごくまれに自分の感想や気になった書いてあるけれ…

意外とリーダブルなちょいパラノイア小説――リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』

リチャード・パワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』を読んだ。最近、河出文庫で復刊されたが、読んだのは前に刊行されたみすず書房版だ。 舞踏会へ向かう三人の農夫 上 (河出文庫) 作者: リチャード・パワーズ,柴田元幸 出版社/メーカー: 河出書房新社 発…

強烈な意地にとらわれた男の非-贖罪行為――J・M・クッツェー『恥辱』

J・M・クッツェー『恥辱』を読んだ。 大学で文学を教える独身、離婚歴ありのデイヴィッド・ラウリーは、教え子に手を出して大学を追われ、田舎で小さな農園を営む娘のもとに身を寄せる。いままでの価値観とはまったくそぐわない生活に戸惑いつつも、近隣の動…

問題をかかえた中年についての小説ーーC・J・チューダー『白墨人形』(中谷友紀子 訳)

増殖する「白墨人形」 1986年、イングランドの小さな町アンダーベリーの森で、頭部のない少女のバラバラ死体が発見される。町に住む12歳の少年エドと仲間たちは思わぬ形でこの事件と関わりをもつことになる。30年後、同じ町で教師をしているエドに、過去の事…

痛快娯楽なだけじゃない——エルモア・レナード『オンブレ』(村上春樹訳)

村上春樹のレナード愛 エルモア・レナードの「オンブレ」はメキシコにほど近いアメリカ南西部を舞台にしたウェスタン小説。語り手であり手記の書き手である《私》ことカール・アレンは、「男〔オンブレ〕」という異名をもつ謎めいた人物ジョン・ラッセルと同…

柴崎友香『千の扉』~語り手の個性がじわり

柴崎友香『千の扉』を読んだ。 義父が団地の部屋を空けることになり、夫の一俊とともにその部屋に越してきた千歳は、義父である勝男から、団地に住んでいるはずの古い知人を探すよう頼まれる。喫茶店でのアルバイト、突然に結婚を申し込んできた夫との関係、…

ジェフ・ヴァンダミア『全滅領域』(酒井昭伸 訳)~孤独なヒロインの異世界彷徨

ジェフ・ヴァンダミアの『全滅領域』(酒井昭伸 訳,ハヤカワ文庫,2014年)が映画化されていて、Netflixで見られることに気づいた。監督は『エクス・マキナ』なアレックス・ガーランド。 www.netflix.com 原作は読んだ当初けっこう気に入った。そういう割に…

神にまつわる変な小噺集——Joy Williams, 99 Stories of God

Joy Williams の 99 Stories of God を Kindle で読んだ。「神」というテーマを中心として99の掌編が収められ、明らかに宗教的なテーマをもつ編もあれば、一見何の関係もないものもある。すべての掌編に明確なオチがあるというわけではないが、「神」が登場…

佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店、2017年)

青森県八戸市出身の小山内堅〔おさないつよし〕は上京後に大学で知り合った女性と三十歳手前で結婚。生まれた娘を「瑠璃」と名付ける。「まずまず順調」な人生を送る小山内だったが、やがて大きな不幸にみまわれる。妻と、十八歳になった娘とを交通事故で同…

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

2017年のノーベル文学賞をカズオ・イシグロが受賞したので、『忘れられた巨人』が出た当時に書いた文章を上げておく。 忘れられた巨人 作者: カズオイシグロ,Kazuo Ishiguro,土屋政雄 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2015/05/01 メディア: 単行本 この商…

カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』村上春樹訳(新潮文庫,2016年)

カーソン・マッカラーズの代表作には、男みたいな女たちがきまってでてくる。『結婚式のメンバー』の主人公、十二歳の少女フランキーの身長は現在約百七十センチ。彼女は十八歳までに自分が成長するペースを計算してショックを受ける。《もしこの成長をどこ…

ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』

ペルー系アメリカ人作家ダニエル・アラルコンの第二長編『夜、僕らは輪になって歩く』は、物語がぐいーっと思わぬ方向に向かうのがいい。たどりつく先に待つものが悲しいのもいい。 1980年代に活動していた知る人ぞ知る小劇団《ディシエンブレ》の中心メンバ…

スティーヴ・エリクソン『きみを夢みて』

アメリカの大統領選挙で史上初めて有色人種の候補が勝利した年。ロサンゼルス郊外に住む作家アレクサンダー・ノルドック(ザン)は、妻のヴィヴ、十二歳になる息子のパーカー、そしてエチオピアの孤児院から養子に迎えた四歳の娘シバと暮らしている。長らく…

レアード・ハント『優しい鬼』

ひとりの年老いた女が、少女のころをふりかえる。《むかしわたしは鬼の住む場所にくらしていた。わたしも鬼のひとりだった。》 米国インディアナ州の農家の娘に生まれたジニーは、十四歳で母親のまたいとこ、ライナス・ランカスターの求婚を受ける。彼は自分…

ミシェル・ウエルベック『服従』

二〇二二年のフランスで、いまだかつてない政変が起こる。戦略的な政治活動で着実に支持を広げた穏健派イスラーム政党《イスラーム同胞党》が、大統領選によって政権をにぎるのである。 ミシェル・ウエルベック作『服従』の主人公である《ぼく》ことフランソ…

エドゥアルド・メンドサ『グルブ消息不明』

一九四三年、バルセロナ生まれのエドゥアルド・メンドサは、同じスペイン語圏のガルシア=マルケスらラテンアメリカ文学の「ブーム」を目にしながら、一九七五年に作家デビュー。『グルブ消息不明』は一九九一年に発表され、作者が自分の作品で最も売れたと…

アントニオ・タブッキ『イザベルに ある曼荼羅』

『イザベルに ある曼荼羅』の語り手タデウシュは、ポルトガルのリスボンで、かつて消息を断った女イザベルの足跡を追っている。彼女の学生時代の友人モニカは、イザベルが当時の独裁政権への抵抗運動に関与していたこと、音信不通のある日、突然新聞に死亡告…

チェーホフ『桜の園』小野理子訳

昨年で没後百十年を迎えたチェーホフの代表的な戯曲のひとつ『桜の園』には、岩波文庫、新潮文庫、光文社古典新訳文庫と、現在手に入りやすい文庫版が三種類ある。そのいずれの解説も、多くの人が深刻なドラマととらえた本作を、チェーホフが喜劇と呼んで譲…

M・L・ステッドマン『海を照らす光』古屋美登里訳

灯台守トムと、その妻イザベルだけが暮らす小島ヤヌス・ロックの浜に、ある夜、一そうの小舟が打ち上げられる。ボートのなかには息絶えた男と、生後間もない赤ん坊がいた。当局に報告しようとするトムに対して、イザベルはその幼子を自分たちの子供として育…

梨木香歩『海うそ』

アコウ――クワ科イチジク属。《絞め殺しの木》。温暖な海岸地域に生息。他の樹木の枝上などに寄生し、幾本もの根で宿主の木を覆いつくすと《長い年月をかけて……呼吸を出来なくさせ、死に至らしめる》。大木となったものは《必ずすでにその踏み台を「殺し了え…

桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』

約半世紀前、鳥取県西部の紅緑村〔べにみどりむら〕の旧家、赤朽葉〔あかくちば〕家に嫁入りし、やがて《千里眼奥様》と呼ばれた女がいた。女は当主との間に四人の子を産み、娘の一人は、少年少女らの暴走族を束ねるリーダーとしてバイクを駆り、十代にして…

カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』伊藤典夫訳

世界には意味があり人生には目的がある、という考えはいったい今日どれほど支持されるだろう。少なくとも世界に「一つの真実」なんて無いということは、誰もが漠然と感じているように思う。例えば宗教ひとつ取ってもそう。聖書もコーランも、信じている人か…