本を高く積め

本をつい買ってしまう人の雑記です。

ジェフ・ヴァンダミア『全滅領域』(酒井昭伸 訳)~孤独なヒロインの異世界彷徨

ジェフ・ヴァンダミアの『全滅領域』(酒井昭伸 訳,ハヤカワ文庫,2014年)が映画化されていて、Netflixで見られることに気づいた。監督は『エクス・マキナ』なアレックス・ガーランド

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原作は読んだ当初けっこう気に入った。そういう割に続編は未読でもうしわけない気持ちでいっぱいなのですが、以前ある所で書いた書評をここぞとばかりに載せておきます。少し下の年齢層を意識して書いた。

 

全滅領域 サザーン・リーチ?

全滅領域 サザーン・リーチ?

 

 

 数十年前に、世界のある地域に現れた《エリアX》。以前は小さな村と豊かな自然があるのどかな土地だった。しかし突然、一帯が《境界》で外部とへだてられた。中は無人地帯となり、調査のために訪れた人たちは生きて帰らなかったり、人格に異変をきたして帰ってきた。この本の主人公である《わたし》は生物学者であり、そのエリアXに政府当局の第十二次調査隊メンバーとして送られる。調査隊の四人は全員女性。《わたし》以外の三人は、リーダー格の心理学者、そして測量技師と人類学者だ。

   エリアXだけでなく、任務の内容も謎ばかりだ。時計やコンパス、さらに通信機器が持ちこみ禁止なので、外部と連絡をまったく取れない。代わりに、危険がせまると点灯するというランプのついた、奇妙な《ブラックボックス》を持たされる。おたがいを名前で呼ぶのも禁じられていて、この作品には四人の具体的な名字や名前は一切出てこない。
 何重にも仕掛けられた謎は、作者が作り上げた大がかりな世界の設定とつながっている。本書はシリーズ三部作のうち第一作だ。第二作『監視機構』も翻訳されて発売されたばかりなので、日本の読者は未知の世界にちょうど足をふみ入れつつあることになる。
 色々な特技を持った四人だが、おたがいに不信感を持ち、チームワークが成り立たない。弱気になりがちな人類学者に、血の気の多い測量技師。だがいちばん問題なのは心理学者だ。特技の催眠術で三人をコントロールしているのではないかと《わたし》は疑う。
 そんな不安の中で、《わたし》一人がさらなる秘密をかかえてしまう。岩石で出来たらせん階段状の地下道に潜ったとき、主人公は自分だけ正体不明の粒子を吸い込む。それ以来、見るもの、感じるものが前と違ってきてしまう。それは、《わたし》がなぜか初めから、地下道のことを《塔》だとしか思えなかったことと関係しているのだろうか。どう見ても地下にある物を、頭の中で《塔》と呼ぶのをやめられない。自分の感覚がリアルだけれど信じられない。いや、アンリアル(非現実的)だけれど信じるしかない。
 《わたし》はもともと、一人でいるのが好きだった。研究のために外を歩いては、生き物を観察するのが楽しみだった。《潮だまりに潜む生物を観察していると、あっという間に何時間もが過ぎてしまう》ほどだ。けれども、熱中することはその人を一人ぼっちにもする。自分の世界に閉じこもってふらふらする《わたし》のことを以前の夫は皮肉っぽく《幽霊鳥〔ゴースト・バード〕》と呼んだ。
 もの思いにふけりがちな孤独な主人公のおかげもあって、ストーリーは人の内面に潜り込んでいくようだ。息苦しい展開があるし、結末にも悲しさがある。けれど異世界の謎に挑むSF作品の主人公が、必ずヒロインらしく、ヒーローらしく勇敢でいなくてはならないなどと決めた人は、だれもいないのだ。