本を高く積め

本をつい買ってしまう人の雑記です。

カーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』村上春樹訳(新潮文庫,2016年)

カーソン・マッカラーズの代表作には、男みたいな女たちがきまってでてくる。『結婚式のメンバー』の主人公、十二歳の少女フランキーの身長は現在約百七十センチ。彼女は十八歳までに自分が成長するペースを計算してショックを受ける。《もしこの成長をどこ…

ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』

ペルー系アメリカ人作家ダニエル・アラルコンの第二長編『夜、僕らは輪になって歩く』は、物語がぐいーっと思わぬ方向に向かうのがいい。たどりつく先に待つものが悲しいのもいい。 1980年代に活動していた知る人ぞ知る小劇団《ディシエンブレ》の中心メンバ…

スティーヴ・エリクソン『きみを夢みて』

アメリカの大統領選挙で史上初めて有色人種の候補が勝利した年。ロサンゼルス郊外に住む作家アレクサンダー・ノルドック(ザン)は、妻のヴィヴ、十二歳になる息子のパーカー、そしてエチオピアの孤児院から養子に迎えた四歳の娘シバと暮らしている。長らく…

レアード・ハント『優しい鬼』

ひとりの年老いた女が、少女のころをふりかえる。《むかしわたしは鬼の住む場所にくらしていた。わたしも鬼のひとりだった。》 米国インディアナ州の農家の娘に生まれたジニーは、十四歳で母親のまたいとこ、ライナス・ランカスターの求婚を受ける。彼は自分…

ミシェル・ウエルベック『服従』

二〇二二年のフランスで、いまだかつてない政変が起こる。戦略的な政治活動で着実に支持を広げた穏健派イスラーム政党《イスラーム同胞党》が、大統領選によって政権をにぎるのである。 ミシェル・ウエルベック作『服従』の主人公である《ぼく》ことフランソ…

ウィラ・キャザー「ポールの場合」

その日の午後ポールは、ピッツバーグ・ハイスクールの教師たちの前で、問題行動の数々について弁明することになっていた。一週間前から停学処分を受けており、校長室に出向いた父親は、彼じしん息子には手を焼いているのだと打ち明けていた。ポールは泰然自…

エドゥアルド・メンドサ『グルブ消息不明』

一九四三年、バルセロナ生まれのエドゥアルド・メンドサは、同じスペイン語圏のガルシア=マルケスらラテンアメリカ文学の「ブーム」を目にしながら、一九七五年に作家デビュー。『グルブ消息不明』は一九九一年に発表され、作者が自分の作品で最も売れたと…

テッサ・ハドリー「絹のブロケード」

アン・ギャラガーはラジオに耳をかたむけながら、七分袖のゆったりしたショートジャケットを、ネイビーがまだらに散った薄紫のウール生地から切り出しているところだった。自分のデザイン――対になるひざ丈のペンシルスカートもあった――から型紙を起こし、い…

ジョシュア・フェリス「微風」

ブルックリンに夫ジェイと暮らすサラは、春の始まりのある朝、急に焦燥感にかられる。 そよ風、ああ、なんていう風だろう! サラは思った。何回くらい味わえるだろう。たぶん人生に、両手の指で数えるくらい……それにもう消えてしまった。家並みに沿って速さ…

アントニオ・タブッキ『イザベルに ある曼荼羅』

『イザベルに ある曼荼羅』の語り手タデウシュは、ポルトガルのリスボンで、かつて消息を断った女イザベルの足跡を追っている。彼女の学生時代の友人モニカは、イザベルが当時の独裁政権への抵抗運動に関与していたこと、音信不通のある日、突然新聞に死亡告…

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「アポロ」

月に二回、まるで良い息子のお手本のように、ぼくはエヌグにいる父と母を訪ねた。やたらにいい家具に囲まれた二人のフラットの室内は、午後になると暗がりになった。退職してから両親は変わった。小さくなってしまったのだ。歳は八十代後半、小さな体で肌は…

コルム・トビーン「眠り」

朝になると君が何をするか、わたしは知っている。君より早く目を覚まし、じっと横たわっている。まどろむこともあるが、たいていは感覚をとぎすまし、目を開けている。身動きはしない。君を起こさないように。君の穏やかで静かな寝息を聞いているのが、わた…

チェーホフ『桜の園』小野理子訳

昨年で没後百十年を迎えたチェーホフの代表的な戯曲のひとつ『桜の園』には、岩波文庫、新潮文庫、光文社古典新訳文庫と、現在手に入りやすい文庫版が三種類ある。そのいずれの解説も、多くの人が深刻なドラマととらえた本作を、チェーホフが喜劇と呼んで譲…

チャールズ・バクスター「慈愛」

男はひどい苦境に陥っていた。何年もエチオピアで仕事をした――学校で教え、診療所も手伝った――その後だった。現地の食べ物をひととおり口にして、おまけに数えきれないほどの羽虫に刺された。合衆国に戻ったときには、伝染病と一緒だった。両膝、背中と両肩…

M・L・ステッドマン『海を照らす光』古屋美登里訳

灯台守トムと、その妻イザベルだけが暮らす小島ヤヌス・ロックの浜に、ある夜、一そうの小舟が打ち上げられる。ボートのなかには息絶えた男と、生後間もない赤ん坊がいた。当局に報告しようとするトムに対して、イザベルはその幼子を自分たちの子供として育…

梨木香歩『海うそ』

アコウ――クワ科イチジク属。《絞め殺しの木》。温暖な海岸地域に生息。他の樹木の枝上などに寄生し、幾本もの根で宿主の木を覆いつくすと《長い年月をかけて……呼吸を出来なくさせ、死に至らしめる》。大木となったものは《必ずすでにその踏み台を「殺し了え…

桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』

約半世紀前、鳥取県西部の紅緑村〔べにみどりむら〕の旧家、赤朽葉〔あかくちば〕家に嫁入りし、やがて《千里眼奥様》と呼ばれた女がいた。女は当主との間に四人の子を産み、娘の一人は、少年少女らの暴走族を束ねるリーダーとしてバイクを駆り、十代にして…

カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』伊藤典夫訳

世界には意味があり人生には目的がある、という考えはいったい今日どれほど支持されるだろう。少なくとも世界に「一つの真実」なんて無いということは、誰もが漠然と感じているように思う。例えば宗教ひとつ取ってもそう。聖書もコーランも、信じている人か…